映画の記憶 


画像『ボヘミアン ラプソディ』が公開された。Queenは自分で見つけたバンド、という気持ちでずっと見守って来た。コンサートにも複数回出かけたし、レコードも沢山揃えた。この映画は、Queenとくにリードヴォーカルのフレディ・マーキュリーにスポットを当てた映画であり、ぜひ観たいと思っていた。

昭和32年の春、父の転勤に伴い我が家は札幌に一家転住した。昭和30年代といえば、一家の最大の娯楽は映画だったから、父のたまの休みのときに映画に連れて行かれることは少なくなかった。石原裕次郎や美空ひばりの映画、西部劇・戦争映画・・。大都会札幌には沢山の映画館があり、8年間の札幌生活では随分沢山の映画を観たように思う。

記憶に残っている最初に観た映画は何だろう・・。『喜びも悲しみも幾年月』だったろうか・・。佐田啓二が主演だった。同名のテーマ曲が良かった。『♪おいら岬の灯台守は・・♪』、殆ど覚えていないが、歌の方はその後もTVなどで何度も聴いたので、記憶が後付されたのかも知れない。転居して間もないころに観たような気がする。

その後最もインパクトがあった映画は、『コタンの口笛』だった。いくつだったのだろう・・。まだ小学校低学年だった。それでも主人公の少年が放課後の理科室かどこか教室で、指にナイフをあて赤い血を流すシーンがいまでも鮮明に脳裏に焼き付いている。そして、『お前も切れ、どこが違うのか・・』と相手に迫るシーンは迫力があった。北海道にはアイヌ人がいて、和人との間に悲しい過去があったことを知ったのはそれからだいぶ経ってからのことだった。

また家と小学校の間に新町劇場という映画館があって、あるとき学年の児童全員が映画鑑賞ということでゾロゾロと列をなして出かけたことがあった。そこで観た映画はモノクロの無声映画、『裸の島』だった。この映画は殆どセリフがなく、ただ大変な島の暮らしが描かれていた。10年くらい前、深夜にTVでこれをやっていて、懐かしく観直したことがあった。

高校以後は暫らく映画から遠ざかってしまったが、学生時代後半はアラン・ドロンの映画を好んで良く観ていた。当時付き合っていた彼女がアラン・ドロンのファンだったからだ。この『ボヘミアン ・・』は、夏以来の鑑賞になった。


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